※こちらは、ずっと昔に書いた記事を少し修正して再公開したものです。また、目次・画像・文章ともにかなりのネタバレを含んでいます。
君はインクレディブル・ファミリーを見たか。
これは2018年に公開されたディズニー/ピクサーの映画であり、「ミスター・インクレディブル」の続編である。
見ていない人に説明すると、世界観は「特殊能力を持ったスーパーヒーローの一家が悪に立ち向かう」というものでシンプルかつわかりやすいのだが、ヒーローの葛藤・悪役の複雑な成り立ちがとても奥深いのである。
ピクサーなのでもちろん話の面白さは保証されているのだが、なんと言ってもキャラクターがいい。
一人ずつ語っていると投稿が30年後になってしまうので、ここでは本作の悪役の話をさせて欲しい。
ピクサーの悪役はどれもいいキャラクターをしている。だが本作の悪役も負けていない。今までのピクサーの中にはあまり類を見ないタイプのヴィランなのだ。
「自分が作りたいものと世間の求めるものが違うから苦しい」というクリエイターらしく人間らしい悩みを持っているのもかなり魅力的である。
本題
イヴリンのキャラクター性を振り返る
「まだ映画見てないけど映画はネタバレ見てから見る派」のためにまず結末をバラしておくと、この作品の黒幕はイヴリン・ディヴァーである。
彼女は大企業の通信会社「デヴテック」の開発部門であり、社長ウィンストン・ディヴァーの妹だ。
マジに天才的な発明家であり、バイク・小型カメラ・催眠装置などなんでも作れる。あと追跡装置を一晩で作った。ちゃんと寝てる?
「昔父親を強盗に殺され、1年後に母が心労で亡くなる」というピクサーの中でもかなりハードな過去を持つ人物である。
強盗が入った日、母は父に「安全な場所に隠れよう」と頼んだ。だが、父はヒーローに電話して助けてもらおうとした。
しかしその頃ヒーローは法律で違反となっていたため助けには来ず、そのまま父は死んでしまう。
「両親が死んだのはヒーローが法律で認められていなかったから」と考える兄に対しイヴリンは、「両親が死んだのはヒーローという他人に自分の命を預けたから」と思っている。
「自分を守ってくれる便利なものに頼りきりな人々を変えさせる」という想いを持ち、ヒーローのいない世界を作り出すために悪となったキャラクターだ。
兄ウィンストンはヒーローの大ファンで、ヒーローを法律で認めさせる支援を行うため、主人公家族の前に現れる。
突如現れた謎の敵「スクリーンスレイヴァ―」を倒すヒーローの手助けをするために様々な機械を作ってくれるイヴリン…だが、スクリーンスレイヴァーの正体は彼女自身だった、というものだ。
人付き合いが得意な明るい性格の兄と、どこかアンニュイで悟ったような雰囲気のある妹。そしてヒーローに対する絶対的な意見の相違を持っている二人。
相対する人格でありながらも、仲はそこまで悪くはなさそうに見える。
ヒーローであり主人公の一人であるヘレンとは、敵同士ながらも正体をバラすまで友好的な関係を築いていた。
賢い女性同士で気が合っていたのかもしれない。
「ヒーローが必要」とするヘレンと「ヒーローは不必要」とするイヴリンの気持ちの相違によって最後には対決することになるが、イヴリンは「あなたが信念を捨てたら、良い友達になれたのに」とも漏らしていた。
イヴリンは何を憎んでいたか
イヴリンはなんとも複雑な心境を持つキャラクターであるため、映画を一度見た後と何度も見た後で解釈が二転三転している。
この記事は最終的にたどり着いた解釈によって構成されているが、改めて視聴1回目の解釈を振り返らせて欲しい。
初めに持っていた見立てとしてはこうだ。
イヴリンはヒーローに頼りきりの世を憎んでおり、ヒーローのことも憎んでいる。
だが、同時に兄であり男性であるウィンストンばかりが光を浴び、本当に発明をしている自身のことは見ようとしない世のことも憎んでいる。
だから、夫の影に隠れるヘレンにヒーローとしての憎しみとともに親近感も持っている。
上記の考察に至った過程は様々ある。
まず一つは、ヘレンに対し「世間はやっとあなただけを見てくれるようになった」という旨の声かけをしているためだ。
「アンダーマイナーの件も、あなたが一人で戦っていれば状況は違ったんじゃないの?なんてね」出典:インクレディブル・ファミリー
「これでようやく、あなたも表舞台に立てたわね」出典:インクレディブル・ファミリー
イヴリンはヘレンに自分を重ね、彼女にスポットライトが当たっている状況に好感を示したのでは、という考えだ。
理由のもう一つは、ウィンストンが(物理的に)光を浴びている時、イヴリンはいつも影の中にいるからだ。
出典:ピクサー「インクレディブル・ファミリー」
出典:ピクサー「インクレディブル・ファミリー」
出典:ピクサー「インクレディブル・ファミリー」
ウィンストンが多くの人に注目されている時、イヴリンはいつも陰に佇んでいる。
ピクサーでは照明の当たり方で心情を表現する技法がよく用いられる。つまりこの光の当たり方は意図的なものであるということだ。
また、作中でイヴリンは「会社と兄さんから逃げたい」と言った発言もしている。
そのため、やはり兄妹での扱いの差を憎み、正当な評価を受けられないことに不満を持っているのだと思っていた。
だが、本当にそうだろうか。
>夫の影に隠れるヘレンにヒーローとしての憎しみとともに親近感も持っている。
まずはここから考えてみる。
ヘレンとイヴリンは作中、以下のような会話をしている。
(一行目、イヴリンから)
「あなたは昔から立派なスーパーヒーローだったけど、スポットライトを浴びるのはいつもミスターインクレディブルばっかり」
「待ってよ。それは違う」
「別にあなたが地味だとか言ってるんじゃないの。昔からあなたは大スター。でも…今ようやく、あなただけのステージに立った。みんなあなたを見るしかない」
「何?男には勝てないって?」
「そうじゃない」
「そういうあなたは?社長はお兄さんよね?」
「私は社長なんてごめんだもの。私が作って兄さんが売るってだけ」出典:インクレディブル・ファミリー
「男性の影に隠れるヘレンに自分を重ねたのではないか」という考えはここから生まれたものだったが、今一度見てみると、イヴリンはそういった趣旨の発言は一切していない。
本作品に夫婦・性別のステレオタイプの破壊というテーマがあるのは明らかである。だが、イヴリン自身はそういったピンポイントな部分に不満があったのではなく、もっと広い意味での世間の風潮に不満があったのではないか。
つまり、「分かりやすい『良さ』ばかりに気を取られて、本質的な『良さ』を見ようとしない世を憎んでいる」のではないか。
「やっと表舞台に立てたわね」「スポットライトを浴びるのはいつもミスターインクレディブルだった」というのは「男性ばかりが注目されていた」という意味というよりは、「派手な戦闘スタイルをとるヒーロー(イヴリンにとっての「分かりやすい『良さ』」)ばかりが注目されていた」という意味だった。
だが、ヘレンは前者の意味で受け取った、という流れだ。
次に、
>同時に兄であり男性であるウィンストンばかりが光を浴び、本当に発明をしている自身のことは見ようとしない世のことも憎んでいる。
の部分について考えていく。
「私は社長なんてごめんだもの。私が作って兄さんが売るってだけ」出典:インクレディブル・ファミリー
ここにもあるとおり、イヴリンは「自分が表に出るなんて嫌。人付き合いの得意な兄が表に出て、自分は裏で開発をする。それで満足してる」といった旨の思想を持っている。
最初に見た時は本心ではないと思っていたのだが、言い方を改めて見てみるとそうとも思えない。「兄がいなければ」であったり、「自分が社長になりたいのに」といったことは決して思っていないと思うのだ。
また、イヴリンはヘレンとこんな会話もしている。
(一行目、イヴリンから)
「逃げたくもなるわよね。私も同じ」
「何から逃げたくなるの?」
「ああ、ほら、会社から。主に兄さんかな」
「仲良いじゃない。二人がいてこそのデヴテックでしょ」
「まあね。あたしはものづくり、兄は人付き合いが得意。だから兄さんはみんなが求めてるものがわかるけど、私には理解できない」
「みんなが求めてるものって?」
「楽なこと。人はいいものより簡単に使える物を欲しがるの。ガラクタ同然なのに、こりゃ便利だって喜んじゃって」出典:インクレディブル・ファミリー
初めに見たときは兄との評価の差を憂いていると思っていたが、改めて見てみるとそうではなさそうだ。
「人はいいものより簡単に使える物を欲しがるの。ガラクタ同然なのに、こりゃ便利だって喜んじゃって」出典:インクレディブル・ファミリー
「人はいい物(本質的な『良さ』)より簡単に使える便利な物(分かりやすい『良さ』)を欲しがる」とイヴリンは言っている。
「会社と兄さんから逃げたい」という発言は、「兄ばかりが注目される会社から逃げたい」ということではなく、「いい物より便利な物を欲しがる世の中(とそれを理解できる兄)のことが理解できない(から逃げたい)」という思いだ。
つまり、「自分を評価しない世の中」ではなく「自分が作る『本当に良い物』を評価しない世の中」を憂いていた。
もしかしたら、「表で物を売る人間(分かりやすい『良さ』)ばかり見て、裏で物を作っている人間(本質的な『良さ』)のことは見ない世界」にも不満があったかもしれないが…
まとめると、
「派手に活躍するヒーロー(分かりやすい『良さ』)ばかり見て、裏でスマートに闘うヒーロー(本質的な『良さ』)のことは見ない世界」
「いい物(本質的な『良さ』)より便利な物(分かりやすい『良さ』)を欲しがる世界」
への憎しみだ。
本当に最も憎んでいたのはヒーローでも兄でもなく、「自分では動かず、本質を見ようとせず、目の前にある使いやすいもの・わかりやすいもの(「凄さ」がわかりやすいもの)を甘んじて享受する世の中」だったのかもしれない。
「私はテクノロジーを信じすぎるとどうなるか教えてあげてるの。ヒーローを信じすぎるとどうなるかもね」出典:インクレディブル・ファミリー
「強盗が押し入ってきたとき、母は必死で父に頼んだ。早く安全な部屋に隠れようって。でも父は、スーパーヒーローに電話するって言い張った。そして死んだ。なんの意味もない、愚かな死。ヒーローの助けを待って死ぬなんて…」出典:インクレディブル・ファミリー
「うちの両親の間違いは、他の誰かに自分の命を預けたこと」出典:インクレディブル・ファミリー
「自分からは動かずそうやって目の前の便利なものに頼ってばかりいたから父は死んだ。そんなことにならないよう世間を変えたい」と思っている。そういうことだと思う。
ヘレンが光を浴びていることに対し好感的な態度を取っていたのは、「ヘレンという裏でスマートに闘うヒーロー(本質的な『良さ』)が日の目を見ている」という状況が「自分が作った『本当にいい物』(本質的な『良さ』)を世間に見て欲しい」という思いと重なったからだろう。
そういえば、最初に闘うヒーローにヘレンを推奨したのはイヴリンであった。
イヴリンは、「ゆくゆくはヒーローを利用して滅ぼしたい」という思いは持ちつつも、同時に「ヘレンにもっと日の目を見て欲しい」という思いも持っていたのではないか。
「本当に残念。信じる正義が同じなら友達になれたのに」という旨の発言から見ても、彼女に対し愛憎のような感情を持っていたのかもしれない。
出典:ピクサー「インクレディブル・ファミリー」
イヴリンの作りたかった物
「みんなが求めてるものが(中略)私には理解できない」
「みんなが求めてるものって?」
「楽なこと。人はいいものより簡単に使える物を欲しがるの。ガラクタ同然なのに、こりゃ便利だって喜んじゃって」出典:インクレディブル・ファミリー
このセリフについてもう少し深掘りしたい。
イヴリンは前述の通り、便利な物よりも良い物が作りたかった。
だが世間はそんなものより便利な物を欲しがる。
だから会社から逃げたい、と言っている。自分のやりたいことと世間の求めるものが違うのである。
では、物を売るのが得意な兄は、妹に対してなんと言っていたのだろう。
以下のイヴリンとヘレンとのやりとりで少し明かされている。
(一行目、ヘレンから)
「自分の信念のままに作りなさいって言う。人がなんと言おうと、派手にアピールして自分の意見を押し通せって」
「兄さんみたいなこと…」出典:インクレディブル・ファミリー
このシーンによると、ウィンストンはイヴリンに対し「信念のままに作れ」と言っていた。つまり、ウィンストンはどんなものが売れるかを理解しつつも「売れる物を作れ」と言うのではなく「自分が作りたい物を作れ」と言っていたことになる。
それはイヴリンの本当に望んでいたことだ。だが、現実主義なイヴリンは「自分の信念のままに作ったものは売れない」とわかっていた。だからそういったある種救いの言葉をかけられても、結局やりたいことはできなかった。
押しつけのない寛容な優しさや妹に対する肯定をきちんと持っていたウィンストンと、それでも救われなかったイヴリン。なんとも切ないものがある。
余談
余談です。
回想のディヴァー家、ざる警備すぎる
ここで1000文字ぐらい話すつもりだったのにタイトルの一行で終わってしまった。
兄妹の父親は実業家だ。公園にヒーローの像を建てられるほどの金持ちである。
だが強盗に入られるシーン、あっさりガラスを一枚割るだけで侵入されている。
金持ちならば、普通家のセキュリティはもう少ししっかりしたものにしないだろうか。
技術がまだ進んでいなかったのだろうか。いや、エドナの家は以前からかなり厳重なセキュリティが敷かれている。時代が少し古いとはいえそこまで昔の話ではないはずだ。
これはやはり、父がヒーローを過信していたからだったのか。
そう考えると、イヴリンの気持ちが分からなくもない気もしてくる。
インクレディブルファミリーとミスリード
この作品は黒幕を追うことが話の軸になっているため、それを撹乱するためのミスリードも抜かりない。
おそらく作中では、イヴリンの兄であるウィンストンが疑われるように話が作られている。
ウィンストンはやることなすこと全てが怪しい。犯罪の多い街に「スーパーヒーローの遊園地」と問題発言をしたりするのである。ヘレンも正直疑ってたと思う。
そもそもウィンストンは立場がものすごく怪しいのである。
ピクサーに登場するヴィランズの多くはだいたい何かしらの高い地位を得ている。
教授・料理長・リーダー・功績を残した著名人・レースの中で1番強いやつ…もちろん社長も例に漏れない。トイストーリー2やモンスターズインクは社長が黒だった。
さらにウィンストンは「私はヒーローが大好きなんだ!」と言いながら登場する。ということはボブのファンだ。ウィンストン、あまりに前作のアイツなのである。(実際はめちゃくちゃいい人だったわけだが…)
出典:ピクサー「インクレディブル・ファミリー」
「スクリーンスレイヴァーはまだそこにいる」の少女は一体何者だったのか
もはや黒幕の話ではないのだが、どうしても一つ気になるシーンがある。
それは中盤、名もなき少女がヘレンに「スクリーンスレイヴァーはまだそこにいる」と書かれた札を見せるシーンだ。
少女の無邪気な笑顔と釣り合わない文章が何とも不気味で、印象的なシーンの一つである。
ところで、なぜあの少女はあんな札を持っていたのだろうか。
まず考えられることとして、少女はイヴリンに操られている可能性が挙げられる。だがそれにしては目が座って見える。
何度も見ているとだんだん瞳孔の開いた目をしているようにも見えてくるのだが、あの白黒の映像を見せ続ける手段があの場には存在しない。
次に思いつくのは、幼くて文字の読めない少女にイヴリンがあの札を持たせた、というものだ。
だがこれを考えるにあたって、もう一つの疑問が浮上する。それはその前に登場する、ヘレンに札を見せるよう少女に促した大人の女性だ。
あの女性は少女の持つ札をはっきりと見ているはずだ。だがその文字に対し疑問を持った様子はない。そしてこの女性も同じく素面に見える。
一体なぜ彼女らは当たり前のように札をヘレンに見せたのだろう。この不可解さを考えれば考えるほどに、得体の知れない不気味さが湧くシーンである。
本題に戻る
本編に戻ります。
なぜコールドルームでヘレンの目を覚まさせたか
コールドルームのシーン、なぜイヴリンはヘレンを一度目覚めさせたのだろう。
万が一のリスクを考えれば、意識を失わせたままボブを呼んできたほうがいい。だがイヴリンは、わざわざあんな大掛かりな部屋を用意してまでヘレンの目を覚まさせた。
これは、ヘレンに自分の思想を知らしめたかったからではないかと思う。
「頼りにしてたのに」
「だからこうなるんじゃない。なんで私を頼りにするの? バイクを作ってあげたから? 私の兄があなたのテーマソングを歌えるから? よく知りもしないのに」出典:インクレディブル・ファミリー
イヴリンは、ヘレンの「頼りにしてたのに」に対し「だからこうなるんじゃない」と嬉しそうに返している。
「うちの両親の間違いは、他の誰かに自分の命を預けたこと」という発言からも分かるように、イヴリンは「赤の他人を頼りすぎると、自分自身が弱くなり、やがて命を失うことになる」という考えを持っていた。そして今回の計画を企てることで、それを人々に知らしめたいと思っていた。
イヴリンはヘレンのためにかなりのサポートをしてきた。バイクを作り、ホバートレインを止めるためのサポートをし、追跡装置を作った。ヘレンもそんなイヴリンのことを信頼していた。弱くなってはいないものの、「他の誰かに自分の命を預け」ている。
イヴリンは、ヘレンに自分を信用させてから裏切ることで上記の持論を証明したかったのではないだろうか。
だからこそイヴリンは、あの部屋でヘレンを目覚めさせたかった。自分を頼ったヘレンを死の淵まで追い詰めることで、「ろくに知らない人間に頼ると命を落とすことになる」という持論を証明し、知らしめたかった。そういう人間らしい理由だと思っている。
敗因はなんだったか
頭脳明晰であるにもかかわらず、なぜイヴリンは敗北したのだろう。
インクレディブル・ファミリーのスタッフは、音声解説でイヴリンについて「彼女は悪役だから欠点がある」と言っている。
イヴリンの欠点ってなんだろう。
まず思いついたのは、天才故の慢心・油断だ。
イヴリンは相当の頭脳派だ。ここは彼女の一番の長所であり、本人もそれを自覚しているはず。だが、頭が良い割に(良いゆえに)慎重ではないのだ。
上記の通り、ヘレンにマスクをしたあと意識を失わせたままにしておけばいいところを、あえて目を覚まさせる。
ジェット機の中では勝利を確信し、真後ろにいるヘレンに背を向けてしまっている。そのせいで彼女は敗れることとなった。
もう一つイヴリンにとって予想外だったことといえば、「兄はイヴリンが思ったよりも子供ではなかった」ということだ。
イヴリンはウィンストンについて「兄さんは子供なの」と言っている。
いわばイヴリンにとって兄は世間と同じ「ヒーローや強いものに守られようとする存在」だった。
だからイヴリンはウィンストンの手を引いて飛行機で逃げようとした。
どんなにヒーローが好きでも、死ぬかもしれない緊急事態ならば安全な自分の方に黙ってついてきてくれるだろうと思っていた。
だが、兄は予想外の行動をとった。
「自ら危険な場所に出向いて自ら立ち向かう」というイヴリンが世間に求めていた行動を、決してするはずのなかった兄がとったのだ。
これが直接的にイヴリンの敗北につながったとは言い難いかもしれないが、ウィンストンが乗員の目を覚まさせて指示を出したおかげで大使やヒーローは助かった。
ある意味皮肉で切ない結末と言えるかもしれない。
次作「トイストーリー4」におけるヴィランとの対比(トイストーリー4のネタバレあり)
トイストーリー4には、ギャビーギャビーという悪役が登場する。
彼女は生まれつき故障しているため一度も子供に愛されたことのないおもちゃだ。
それを修復するために必要な部品を持つ主人公ウッディを捕まえようとする。
ギャビーは、自身が住むショップに毎日やってくる人間の女の子ハーモニーに愛されたいと思っている。彼女は自分が愛してもらえるようになるまで、何十年も同じ店の中で待ち続けていた。
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一方同作品に登場するウッディのガールフレンドボー・ピープは、ギャビーと同じ店に滞在するも、ただ待っていては何も変わらないと気付き、自ら店の外に出て多くの子供に愛される道を選んだ。
ボーはこれによって腕を破損したり、性格がかなりたくましくなったりしている。
おもちゃにとってこの道はとても楽なものとはいえないのだ。
イヴリンとボーピープは同じ思想の持ち主かもしれない。
「安全なところでただ待っているだけでは変わらない。自分から危険を犯してでも進まねばならない」という考えだ。
そしてギャビーはそれと対比する考えを持っている。「人間に選ばれることを同じ場所で待ち続ける」という姿勢である。
隣り合う2作品のヴィランがこのように相対する考えを持っているのはとても興味深い。
「どちらの考え方が良い」といったことは思っていない。イヴリンディヴァーもギャビーギャビーも同じくらい好きなヴィランだからだ。
ピクサーもまた、どちらが正しいといったことは提示していないと思う。
近年のピクサーは、時代柄たくましい女性が意図的に多く登場するようになったと言われている(筆者的には、ピクサーは昔からたくましい女性が多く登場していたようにも思えるが…)。
イヴリンや物理的な強さを手に入れたボーピープはその主な例だが、だからと言ってギャビーはネガティブな存在でなく、むしろ「女性の強さが肯定されるべきなのはもちろんだが、逆にある種従来的とも言える『受け身で待つ女性』も肯定されていいのではないか」というメッセージのような気もするのだ。
(ギャビーも最後にはウッディとともに外へ出るため「自ら動き出すキャラクター」とも言えるのだが、従来描かれてきた『受け身のキャラクター』でも勇気を持って歩き出す描写は多くある。「元々自ら行動しようとする強さのあるキャラクター」と「受け身でありながらも作中で壁にぶつかり、そこで初めて勇気を出すキャラクター」では大きく異なると思うので、やはり対照的だと思う)
逮捕(生存)という末路は本人にとって幸せだったか?
イヴリンは最後、警察による逮捕という結末を迎える。
これはピクサーの敵キャラクターの中だと相当珍しい。
主にあげられるのは、ウォーターヌース(モンスターズ・インク)、アクセルロッド(カーズ2)あたりだろうか。
インクレディブルシリーズは、世界観からいって死者の出やすい作品だ。
2はそれこそディヴァー兄妹の両親が主だが、無印ではシンドロームの殺戮によってかなりの死人が出ており、シンドローム自身も最後には死を迎えている。
イヴリンも初めは死んでしまうのではないかと思っていたが、今では彼女はこの末路でなければならなかったと思っている。
理由の一つは、主人公側の都合だ。
ヒーローは基本的に相手が悪人でも命を救おうとする存在だ。
(シンドロームは赤子まで連れ去ろうとしたかなりの外道なため、例に漏れる)
イヴリンを救えなければ、ヒーローとして最高の務めを果たしたとは言えなくなってしまうためである。
加えてメタな視点から言えば、ウィンストンという兄がいながら命を奪ってしまうと何とも言えない後味の悪さが残ってしまうというのも理由の一つだろう。
もう一つは、イヴリン側の都合である。
彼女は最初ジェット機から飛ばされてヘレンに救われたとき、ヘレンを蹴飛ばして自ら落下した。
これは、自身の憎むヒーローに命を救われたくなかったからだと思われる。
では、ヘレンを蹴り飛ばした後イヴリンはどうするつもりだったのだろうか。
確かに、海に落ちれば助かるかもしれない。
だが、海に落ちても結局陸に上がるまでに助けられてしまうのではないか。
私は、イヴリンは「ヒーローに命を救われるぐらいなら死んでもよかった」のではないかと考えている。
イヴリンはピクサーには珍しい、革命家のヴィランズだ。
さらに私利私欲がほとんどない(成功しても直接的な利益を得ることがない)、世を変えるためだけに悪事を行うヴィランである。
イヴリンはヒーローに頼り続ける世間が許せなくて、それを変えたかった。
そのためだけに手を汚した。
自分の利益を求めないイヴリンは、自分の命を犠牲にしてでも目的を達成できればよかったのではないか。
あのときヘレンがイヴリンを救うことができず死んでいれば、ヒーローたちは少なくともイヴリンを生還させたときよりは評判が下がっていたかもしれない。
「ヴィランとはいえ一般人であるイヴリンを救うことができなかったヒーロー」として。
世間はもちろん、ヒーローを誰よりも信仰する兄も少しは蟠りを持ってしまうはずだ。
イヴリンはそれを狙っていた。自分が死んででも、少しでもヒーローの功績に傷をつけたかった。
それを考えると、イヴリンの「逮捕」という結末はヒーローにとって最高の結果であり、イヴリンにとって死以上の敗北だったのではないか。
前作のヴィランであるシンドロームは、「バードストライクの要領で飛行機のエンジンに吸い込まれ、バラバラになる」というピクサーの中でも1、2を争う悲惨な末路を遂げた。
では、生存したイヴリンは幸せか。
そう言われると、そうともいえないのかもしれない。
(余談:実はジェット機から飛ばされる直前、ヘレンが言った「死にたくない」に対しイヴリンは「私もよ」と返しているのだが、これはあまり深く考えずに発した言葉なのではないかと思っている。
だがそれを聞いたヘレンは、イヴリンの「死にたくない」に答えたいと思った。それもあって、一度拒まれようとも彼女を助けようとしたんじゃないだろうか。)
イヴリンと家族愛
インクレディブルファミリーのスタッフは、「両親が死んだあの事件が彼女の行動の原動力だ」と言っていた。
「便利なテクノロジーやヒーローに頼りきりでいると弱くなる」という思想を持つ彼女は、ヒーローをこの世から無くすことで人々が自分の足で生きていけるような世の中にしたかった。
これは個人的な予想だが、イヴリンは唯一の家族である兄を守りたかったのかもしれない。
兄は父と同じくスーパーヒーローを信じている。
また強盗が入ってきたら、同じ悲劇を繰り返すかもしれない。
だから、二度とヒーローに頼ることがないようにしたかった。
兄妹が写っているシーンでは、度々二人が顔を見合わせて笑ったりする描写がある。「周りは私たちが父の会社を継ぐのは無理だと思っていたようだが〜」というウィンストンのセリフからして、両親が死んでから今に至るまでに二人で多くの苦労を乗り越えてきたはずだ。
「兄さんは子供なの」「兄さんから逃げたい」のようにイヴリンは兄との溝を語ることが度々あったが、それは決して嫌悪から来た言葉ではなく、「兄に自分の思想を理解してほしかった」「兄が父と同じ目に遭わないよう、自分が兄を変えたかった」という想いからだったのかもしれない。
主人公の家族愛がメインテーマとなる当作品は、悪役もまた「家族愛から悪の道を選んだ人間」だった。
あの後二人はどうなるんだろう。
「ヒーローを何よりも愛する兄」は、「ヒーローを何よりも憎む妹」のことを知ってしまった。
それによって二人の間に二度と消えない溝ができたまま一生二人で生きていくのだとしたら、やはり生存という最後はイヴリンにとって何よりの重い末路だったのかもしれない。
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