今回は、南部の唄/スプラッシュマウンテンのキャラクター同士の呼び方に詰まった吹き替え翻訳の巧みさについてお話しします。
翻訳の巧みさという視点で特に注目していただきたいのが、きつねどん→うさぎどんの「うさ公」、くまどん→きつねどんの「兄貴」、きつねどん→くまどんの「どんくま」、そしてスタンダードな呼称である「〜どん」です。
- 翻訳の巧みさポイント1:「〇〇どん」
- 翻訳の巧みさポイント2:きつねどん→くまどんの「どんくま」
- 翻訳の巧みさポイント3:くまどん→きつねどんの「兄貴」
- 翻訳の巧みさポイント4:きつねどん→うさぎどんの「うさ公」
翻訳の巧みさポイント1:「〇〇どん」
言語版では、3匹の呼び方は「Brer〜」(ブレア)で統一されています。
このブレアとは、「〜お兄さん」を表す「brother」のなまり。親しみを込めた愛称であり、「〜お兄さん」「〜さん」の意味になります。
「親しみを込めた呼び方」かつ「方言らしいニュアンスの残る言葉」に訳すには、どうしたらいいか…
そう考えられた結果、「どん」と訳されました。
「〜どん」とは、日本の鹿児島県で主に用いられる方言。「〜さん」という親しみを込めた名称を表しています。
「どん」を用いることで、「親しみを込めた呼び方」「方言」という2つを見事クリアしました。
それだけではありません。
南部の唄の舞台は、その名の通りアメリカの南部。
鹿児島=日本の「南部」という点まで一致させた、凄まじい訳なのです。
翻訳の巧みさポイント2:きつねどん→くまどんの「どんくま」
「オイどんくま!うさ公に仕掛けた罠で何してんだ!え?何バカやってんだよ!」
(スプラッシュマウンテンより)
翻訳家の勢いは「どん」にとどまりません*1。
3匹の呼び合い方においても、新たな訳を生み出しました。
どれもそれぞれの関係性に沿っており、かつ元となる「ブレア/どん」からは離れすぎないものとなっています。
南部の唄とスプラッシュマウンテン共通で用いられているきつねどん→くまどんの呼称「どんくま」はかなり面白い訳です。
たびたび業界人?と呼ばれたりするこの呼び方ですが、このどんは「鈍」。
少し前の言葉で頭の回転が遅い・のろい・鈍い人のことを「鈍(どん)な奴」と言いました。おそらくここからきているのでしょう。
追記:先日Yahoo知恵袋でこのようなお話を見つけました。
ちなみに、関西で名前の前に「どん」がつくと、鈍くさいの意味になるよ。
昔話でとかでよくある「うさぎどん」「きつねどん」みたいに人の名前... - Yahoo!知恵袋
翻訳の巧みさポイント3:くまどん→きつねどんの「兄貴」
「きつねのあにぃと俺とでよぉ」
(南部の唄より)
こちらは南部の唄限定の翻訳。
ブレアがブラザーであることを考えると忠実な訳ですが、あえてこう呼び方を変えることで舎弟感・小悪党コンビ感が出ていますね。かなり好きな訳です。
翻訳の巧みさポイント4:きつねどん→うさぎどんの「うさ公」
「さてうさ公よ、皮をひん剥いてやろうか!」
(スプラッシュマウンテンより)
こちらはスプラッシュマウンテン限定の翻訳です。
〇〇公という言葉、「聞いたことはあるけど具体的な意味は知らない」という方も多いのではないでしょうか。
「〇〇公」というのは、元々身分の高い人につける敬称。
そこから、「目上の人に皮肉を込め、あえて大仰に敬った言葉を使う」という意味合いで使用されるようになりました。
「〇〇公」の代表例である「先公」も、クラスのヤンキーが目上の先生に対して皮肉を込めたニュアンスで使っているものです。
南部の唄に話を戻します。
うさぎどんを宿敵視しているきつねどんが、うさぎどんを「うさぎさん」とそのまま呼ぶのはちょっと面白いですよね。
そこで「〜さん」のニュアンスを残しつつ、「敬ってないけど皮肉を込めて大仰に敬った言葉を使う」というキャラクター性を取り入れ…「うさ公」という言葉が誕生したのでしょう。
つまりみんながうさぎさん・うさぎくんと呼んでいる中、きつねどんは「うさぎサマよぉ」と皮肉を込めて丁寧に呼んでいるわけです。面白い訳ですよね。
余談:スプラッシュマウンテンでうさぎどんが捕まってしまうシーン。
きつねどんは唯一ここで、うさぎどんを「うさぎどん」と呼びます。
「これで誰が一番利口か分かったな、え?うさぎどんよ!」
捕まえたうさぎどんをからかうために、ここだけあえて他のみんなと同じく「うさぎどん」という呼び方をして皮肉るのはかなりキャラクター性が見えて面白いですよね。
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*1:なお「どん」は原作(非ディズニー)の「ウサギどん キツネどん」発祥である一方、そのほかの訳については「南部の唄」が発祥のため「どん」とそのほかを考えた翻訳家は別の方である可能性が高いです。